【由来】
今より約430年前の天正11年(1583)顕如上人が本願寺を 紀州鷺森より貝塚に移されました。これを祝して貝塚の住民は三日三晩踊り明かし、感田瓦明神の氏子達も、ハシゴらしきものの上に太鼓を乗せ竹笹を立て、担いでまわったのが太鼓台の始まりと言われている。
俗に貝塚宮と称される感田神社の夏祭りに、太鼓台が担ぎ出されたのは、今から約270余年前の寛保元年(1741)のお祭りからであり、泉州地域において最も古い太鼓台祭りとされている。(諸説あります。)
祭礼では、大北町・中町・堀之町・南町・中北町・西町・近木町の各氏子町から7基の太鼓台が担ぎ出される。
宵宮として、家ごとに献灯やまん幕が張られ、翌日の本宮でも、太鼓台は前日に引き続き「ベーラ ベーラ ベラショッショ」の掛け声にあわせて勇壮に市中を練り歩く。
【担ぎ唄】
ベーラー ベーラ ベラショッショ
信濃屋のお半さん、石部のお宿で仮枕
石山の秋の月、牡丹に唐獅子竹に虎、虎追うて走るは和藤内、
和藤内お方に知恵貸そか、知恵の中山清閑寺、
清閑寺の和尚さん坊さんで、ぼんさん蛸さんじゅうろべさん、
卵のふわふわ上りんけ、今日は精進あしたにしよ、
ショショマカ ショショマカ ショッショッショ